『姉妹の絆』第31回フォトコンテスト委員長賞 撮影:名古屋市上下水道局 長島 誉之 氏

『姉妹の絆』第31回フォトコンテスト委員長賞 撮影:名古屋市上下水道局 長島 誉之 氏

史跡散策路

東 照 宮

山口 雄一郎 氏(水道組合)
山口 雄一郎 氏(水道組合)

 祭神は徳川家康。元和5年(1619)、藩祖・義直が父・家康の霊を祀るため名古屋城内三之丸に創建した。明治8年、藩校明倫堂跡地である現在地に移し、義直の霊を合祀し、後に慶勝の霊を相殿に合祀した。
 県の 重要文化財に指定されている本殿は、義直夫人・高原院の霊廟として、慶安4年(1651) に万松寺建てられたもの。

 所在地 中区丸の内二丁目 3-37

会議コーナー

定 例 理 事 会

理事会風景(総務委員会)
理事会風景(総務委員会)

理事会風景(広報技能委員会)
理事会風景(広報技能委員会)

1.開催日時   8月2日(水)

           午後3時

 

1.開催場所   水 道 会 館

 

1.理事定数   17名

 

1.出席理事   16名

青年部会コーナー

第137弾定期夜間勉強会

開催日 7月19日(水)

                                   参加者  38名

 技能開発部会・青年部会共催

 

 今回は、株式会社立売堀製作所さんを講師に迎えて、消火機器の基礎知識について夜間勉強会を行いました。DVDや資料を見ながら解説をしていただきました。

 まず屋内消火栓設備の基本的なこと、人が操作することによって火災を消火する設備であり、水源、消火ポンプ、弁類及び非常電源等から構成され、操作性、ホースの長さ等を詳しく教えていただきました。具体的には1号消火栓は全ての用途に対応していますが、二人操作でホースを全て引き出さないと利用できないこと。そして2号消火栓では一人操作可能で一部の引き出しで放水可能ですが、デメリットとしてホースが短いので設置間隔が短い、工場・倉庫の火災には対応していない等です。

 そして、スプリンクラー設備の解説では湿式と乾式と予作動式の違いについて教えていただきました。DVDや資料を見ながら話を聞くことでとても理解しやすい内容でした。

 教わった消火設備や仕組みをしっかりと理解し、いざというときに人命、家財を守る重要な設備という事を改めて認識できた勉強会でした。

 今後も、皆さまに役に立つ勉強会を開催していきますので、ご参加を心よりお待ちしております。

青年部会 瑞穂支部 桜田雅己

青年部会コーナー

土曜学習プログラム

 平成29年7月8日(土)、名古屋土曜学習プログラムが港区西築地小学校にて行われ20名程の子供たちが参加しました。

 名古屋土曜学習プログラムとは、名古屋市教育委員会が主体となり、企業、NPO、大学生、民間教育事業者等、多様な人材の協力を得て、普段の授業ではできない様々なことを体験する課外学習です。今年度も、名水協青年部会は年間3回、LIXILさんと共にプログラムに参加協力をしています。

 プログラムは2部制で、コーディネーターと学習プログラムをサポートする大学生ボランティアにも協力していただき学習を行いました。前半はLIXILさんが、紙芝居とクイズによる水環境の体験学習を行い、後半は、名水協青年部会の配管作業体験学習となります。透明パイプで作成したサンプルで水道配管に水が通っている様子を見て、家庭の蛇口から水が出る仕組を理解してもらいました。

 配管作業体験では、子供たちにパイプカッターを使って塩ビ管を切断してもらうことから初め、継手や支持金具を使い実際の配管作業を行ってもらいました。試行錯誤を繰り返し、友達と協力しながら進んで学習に取り組んでいました。蛇口の取り付け作業体験では蛇口を取り付けた後、分解して構造も見てもらうなど、普段できない魅力ある体験学習になったと思います。

 今後も子供たちに有意義な体験学習ができるよう役員一同考えていきたいと思います。

 

青年部会 中支部 山添 康弘

特別寄稿コーナー

趣味と旅の時間

名古屋市上下水道局 経営本部 営業部

主幹(普及促進・汚水排出量調査) 佐藤 竹里

 

 名古屋市指定水道工事店組合の皆さまには、日頃から上下水道事業にご理解ご協力を賜り、感謝申し上げます。

 さて、私の趣味の1つには「運転」があります。もちろん車を運転することです。金曜日になると、日々の疲れから「週末は家でゆっくり過ごしたい。」といつも考えています。しかし、いざ土曜日になると…「今日はどこに行こう。」と、昨日までの考えは吹っ飛び、車に乗り目的地も決めず走ってしまっています。名古屋は日本のほぼ中間に位置しているため、西か東だけ(正しくは、どの高速道路に乗るか)を決めれば、ある程度のところまでは目的地を決めずに進むことが可能なのも幸いしているのかもしれません。

 思い起こせば、数年前にあった高速道路一律千円の時代、毎週のように東北方面、関東甲信越方面や中国・四国方面に向かっていました。今ほど高速道路も整備されていなかったため、前日の金曜日に行先方面を決め、それによって渋滞等を考慮した出発時間を決めていました。中国・四国方面なら大阪の渋滞を避ける時間、東北方面なら東京を経由するかどうか等…。今と比べれば体力も十分にあったため可能であったとは思いますが、初めて走る道を運転することの楽しさを存分に味わっていた時だったのかもしれません。

 冒頭で、趣味は運転といいましたが、もちろん観光も好きです。運転途中に、目的地と帰りのルートを決め、途中途中の観光施設に寄るといった感じです。立ち寄る場所の多くは城郭や社寺仏閣等のため、時には規模はかなり小さいですが山を登ることもあります。そのため、どのような状況になっても対応できるよう、車中にはリュックや登山靴、着替えやタオル等を積むようにしています。ちなみに、最近行った主な場所を紹介しますと、金刀比羅宮、日光東照宮、仙台城跡、小谷城跡などがあります。

 話は変わりますが、採用されてから数十年間、上下水道事業にはほとんど関わらない市長部局で勤務してきました。耳慣れたものとしては、スポーツの振興や文化財の保護などがあります。その頃は目的地として全国各地のスポーツ施設や文化財・史跡名勝等に行ったり、仕事に関連する各種スポーツイベントへ参加したりするなど、時間を見つけては仕事に関わる場所を訪れ、少しでも多くのことを身をもって体感していました。

 先日、車を走らせていたところ、ダムの横を通りかかりました。「ここは立ち寄らねば!」と、車を降りて構造や貯水量を観察し、名古屋市の水源と関わりがあるかを調べました。上下水道と関わりのある場所といってもなかなか思い浮かばず苦心していますが、これからも、時間を見つけて各地に出掛けていく中で、「水」に縁のある場所にも訪れていきたいと思います。

筆の泉コーナー

パスタ好き

名古屋市上下水道局 施設部 岩塚水処理センター

技師 村 山 貴 之

 

 子供の頃、母親の作るナポリタン風ボロネーゼっぽいスパゲティが大好きでした。当時の味付けは今みたいなトマトソースがあるわけでもなく、もっぱらトマトケチャップ味で、辛味付けにはタバスコ、とピザがそうであるように、スパゲティもまたアメリカナイズ?メキシコナイズ?されたイタリアンでした。これはこれで立派な日本の食文化です。

 時代は移りいろいろなイタリア食材が手軽に入るようになり、イタリア感が身近になった昨今、文化の誤認識を痛感する事件がありました。とあるお店でのこと、包装をほどかない信玄餅のようなパスタが運ばれて来ると、その包装紙にあたるラザニア風の平たいパスタには、ジェノベーゼソースが包まれていました。パスタの使い方に感動しつつも、ジェノベーゼソースが茶色だったことにびっくり。最初は聞き間違いかと思ったのですが、実は緑色のソースはペストというバジルの入った調味料のことで、バジル・ペーストのことでもありません。産地で有名なジェノバ産のバジルを使わない限り、ジェノベーゼの文字が使われる事はないのです。一方、イタリア人のいうジェノベーゼは豚肉等を大量の玉ねぎで煮込んだソースのことなのです。昔ナポリにやって来たジェノバの腕利きシェフが作る、牛ほほ肉の煮込みパスタがたいそう美味しかったのが由来なわけです。なんとも粋な命名。また靴磨き職人風っていうネーミングのパスタもあったりします。食べた後、皿に残ったソースもパンでピカピカに拭いたくなるぐらい美味しいトマトソースのパスタを表現しています。こんな文化を思いつついただく料理は、一層美味しさを増したりします。

 外食一辺倒ではなく、作る方も好きな私です。これもある店での経験ですが、一人通されたカウンター席は、厨房が丸見えの絶景ポイント。イタリアンでは当り前のその手法も、シェフの所作のカッコ良さのあまり、真似てみようとするおろかな私。しかし、試してみると確かに料理全般が美味しくなるのです。有名店なら必ずや見られるこの光景、ヒントはフライパンの使い方です。

 先日、ローマ料理のシェフにカルボナーラ(炭焼職人風)を注文しました。ソースを卵黄だけで仕上げるタイプです。ソースもよく絡むようパスタはリガトーニを選択。しっかり火を通しているのに全く固まらない卵に驚愕です。さすがプロの技。そう、「カウンター席の客は見た!」

お知らせコーナー

水の歴史資料館開館 3周年記念企画展

談話室コーナー

十五夜

中村支部・足立工業㈱

東 智彦

 

秋も近くなるとご存知の行事、十五夜がございます。

すすきを飾って満月を見て楽しみ、月を眺め楽しむ習慣は昔から日本にございます。

現代ではこういった伝統行事を大切にされる風習は薄らいでいるかと思われます。

十五夜について調べてみました。

 

十五夜の日にはご存知、お月見をするという由来がございます。

また、十五夜は中秋の名月ともいわれております。

中秋の名月は満月を意味しており、新月(月がでない)から満月になるまで、

おおよそ十五日かかることから十五夜と言われています。

空が澄んで特に晴れ渡る空が見えるのが9月中旬から10月中旬と言われており、

この時期に出てくる満月を十五夜又は中秋の名月といいます。

お月見は平安時代から行われており、江戸時代には秋の収穫を喜び感謝するお祭りとして現代に至ります。

 

すすきと、うさぎが関連付けされるのは広く周知されているかと思います。

すすきを飾る理由は鋭い切り口が魔よけになる、十五夜にすすきを飾ると一年間病気をしなくなると言われております。また、収穫を祝ったことから、すすきが稲穂に似ており飾るようになったともいわれております。

 

うさぎの由来は昔話からきているともいわれております。

お腹を空かせて死にそうになっているおじいさんにうさぎと猿と狐が食料を捕まえようとします。猿と狐は食料を捕まえてきますが、うさぎは何も捕れませんでした。

そばでは焚火が炊かれております。ここでなにとなく想像できてしまうと思いますが、

うさぎは自ら火の中に飛び込んで、自らをおじいさんに捧げました。

おじいさんは実は帝釈天という神様で、うさぎの清らかな魂を月に写したということです。

十五夜で月見をするということは、収穫を祝い、神様に対してお礼をするという意味もあるそうです。

 

十五夜の日に食べる食べ物といえば皆さまご存知の月見団子の他に、栗ごはん、豆、里芋、ぶどう などが上げられます。月見団子はその形から満月に似ていることから食べられるようになったそうです。栗、豆、芋はその季節に多く収穫され、これからも多く収穫できるようにという願いがここにもこめられています。また、ぶどうなどツルがあるものは月と人との繋がりを強くという縁起のいいお供えものだそうです。

 

あまり、意識をしていなかった十五夜の行事ですが調べてみると農耕民族の日本人が代々引き継いだ意味のある行事だったことがわかりました。

 

平成29年度の十五夜は10月4日(水)の平日になります。

たまには早く帰って家族で月見団子を食べながらのんびりするのもいいかもしれませんね。

消防コーナー

地震に備える 16

名古屋市消防局OB 近藤 博

 

明治24年(1891年)濃尾地震(12)

 

 引き続き、「中央防災会議「災害教訓の継承に関する専門調査会」報告書1891濃尾地震 平成18年3月」の報告書をもとに、当時の人が記録した報告等から地震直後の実情をみていきたいと思います。

 

○ 岐阜県の場合(その8)

15 被災者の状況

 報告書は、被災者の状況を『岐阜市史 資料編近代1』の記述を借りて次のように記述しています。

「自身ヲ以テ屋外ノ空地ニ避ケ、或ハ戸障子或ハ蓆席(むしろ)ノ類ヲ以テ粗造ナル仮小屋ヲ結イ、此処ニ起臥スルモノ数日、而シテ其甚タシキニ至リテハ或ハ堤腹樹下等ニ露臥スルモノ亦少ナカラザルヲ以テ、各郡ニ於イテ所々ニ相当ノ仮小屋ヲ設ケ貧窮者ヲシテ一時之ニ居ラシメタリ」

 また、総理大臣松方正義に同行した大森県治局長は、白根内務次官に宛てた書簡の中で大垣町の様子を次のように記しています。

「一望ヤケ瓦ノ外ナシ、死骸ノ片付ハ先ツ一ト通リ出来シ居レトモ、当時ノ状況ヲ聞クニ不忍、振動ハ今ニ時々刻々アリ、市民家ニ入ルモノナシ、道バタニ小屋ヲ作リ、貴賎トモ乞食同様ノ有様ナリ」

 

 地震の被害は酷い有様であり、地震発生後の被災者は、貴賎をとわず家屋の倒壊や余震の発生を恐れて、屋外で寝起きする者が多かったことが分かります。上記は、岐阜市と大垣町の被災者の状況報告ですが、被災地域ではどこも状況は同じだったと思われます。

 

16 炊出しの実施

 炊出しは、近世から災害時や物価高騰時において窮民救済のためにしばしば行われた救済策ですが、濃尾地震に際しても地震発生直後から各地で行われたことが記録されています。

 併せて、地震発生に伴い、米価が上がり炊き出し用の米穀の確保に県庁職員、岐阜市・郡職員が苦慮した事も記録されています。

 岐阜市では、米価高騰のため以下のような措置が講じられたことが述べられています。

 「白米ノ小売ニ至リテハ、奸商不時ノ利益ヲ貪(むさぼ)ラント現品払底ノ機ニ乗シ、一升ニ付弐拾銭三拾銭、甚シキハ四拾銭以上ト宣言シ、多数需要者ヲ困ムルノ現況ナルヲ以テ、市参事会ハ直ニ米穀ヲ遠地ヨリ購入シ、壱升九銭ヲ以テ売渡場所ヲ市内弐ケ所ニ設ケ、以テ米価暴騰ヲ」防いだと記しています。

 

 政府も11月1日の総理大臣の電報では、被災地の米穀不足を解消するため以下のような具体的な提案をしています。

 「大阪白米相場ハ午白一斗一升四合余、朝鮮米一斗四升余、白米払底ニテ困ルナラハ、右相場ヲ以テ大阪ヨリ買上テハ如何、大阪ハ土佐堀一丁目藤本清兵衛へ電報スレハヨシ、運送方ハ大阪ヨリ垂井マテ汽車ノ都合ニヨルヘキカ折返事」

 政府のこの提案は、実際には実行されませんでしたが、この二つの事例は、為政者にとって被災者を救済するための米穀の確保が如何に緊急重要時であったかを物語っていると思います。

 又一方では、災害時の混乱に乗じて暴利を得ようとする商人がいたことも示しています。

 

 こうした状況下、米穀の確保に奔走しながらも、地震発生当日に県内の市町村の約8割に及ぶ325市町村で炊き出しが行われました。

結局、岐阜県全体としては総計425ヶ所の炊出所が設置され、炊出しを受けた者は延べ217万1,192人で、それに要した金額は4万3,854円に上ったと記しています。(『岐阜県議会史第1巻』)

 

3 震災救育所の設置

 被災直後は、家屋を失った被災者だけではなく、家の倒潰を恐れて仮小屋や木の下で「乞食同様」に暮らしている被災者を、収容して保護する目的で、各地の寺社や公共施設を利用した臨時の避難所(当時の呼称)が設けられましたが、県は11月に入って、岐阜市・大垣町など4ヶ所に「震災窮民救済所」という施設を設置しました。

 「震災窮民救済所」は、12月には新たに高富・関・根尾谷の三ヶ所を加え名称も「震災救育所」に改称され、同時に鵜沼・黒野(現岐阜市西北部)・今尾(現海津市北西部)・美江寺(現瑞穂市美江寺)・竹ヶ鼻にも支所が設置され被災者に対する救援体制が拡充されました。

(明治期の住所と現在の住所地の照合は WikiPediaによる)

 しかし、県が設置した「震災救育所」は収容可能人数が少なく、入所資格(家屋の倒壊・焼失等)が厳しかったため一部の被災者しか入所できず、結局、多くの人は、行政機関の適切な救済措置を受けることが出来なかったと思われます。

 

 報告書は、「震災救育所」の収容可能人数は岐阜県全体で600名余りとの一覧表を載せています。(出典 『濃尾大震災の教訓』)

 未曾有の地震災害に遭遇したにしては、余りにも少ない収容可能人数であったというしかありません。

法律コーナー

相続における預金についての大切な判決

弁護士   松 永 辰 男

 

 銀行の預金等はどのようにでも分割できる権利ですので、預金者が死亡した場合は、相続人は相続分に応じて当然に預金債権を相続するものであると言われてきました。しかし、銀行では遺産分割協議ができているとか、相続人全員からの請求がなければ払い戻しはできないとしてきました。つまり、銀行にしてみれば、相続財産というものは、相続人間に諸々の事情があり、割り切って考えることのできない事情があって、後から相続人間のトラブルのあおりを受けることになるようなリスクは避けたいといった事情によるものです。

 しかし、裁判所においては、預金等は相続により当然に法律で定めた相続分に応じて分割されるものだとしていますので、どうしても相続分に応じた預金を引き下ろしたいという人は裁判所へ訴えを起こし判決をもらって銀行に請求してきました。銀行としては裁判所の判決ですから支払いに応じなければならないので、支払いに応じてきました。

 ところが平成29年4月8日に最高裁判所で判決がありまして、預金等といえども、「遺産全体の価値を総合的に把握し、各相続人の事情を考慮して行うべく特別に設けられた裁判手続きである遺産分割審判によるべきものとされており」とし、基準となる相続分は諸事情を考慮して決められるべきであると言い、その根拠としては「共同相続人間の実質的公平を図ることを旨とする」ものであると判決しました。従いまして今後は預金等といえども遺産分割の協議とか、相続人全員によらなければ払い戻しはできないことになりました。従いまして、相続を円滑に済ませるためには、まずは遺言書を作成し、銀行預金については預金を特定することが大切ですが、遺言した後に預金をする場合がありますので、その場合も考え、「その他の遺産はすべて相続人○○に相続させる。」といった文言を書くのが無難だと思います。

木祖村コーナー

お六櫛の紹介

編集後記

編 集 後 記

 秋は、実りの季節と言われる。年初から行ってきたことの結果がそろそろ成果という形で現れればよいが、そうでない場合も決して悲観せずに、必要な軌道修正も行いながら、あるべき姿に少しでも近づけていけたらと思う。

 

 過ぎ去った夏は、台風や記録的な豪雨に見舞われた地域も多く、被災された皆様にはお見舞いを申し上げたい。また、他人事と思わず、備えることができることには積極的に取り組み、少しでも防災、減災を進めていくことが、一人ひとりのレベルでも必要なことであると思うし、社会や地域全体の重要な課題であると思います。

 

 名古屋市上下水道局から組合への仮設給水栓寄託の拡大もすすみ、寄託基数は112基となり、ほぼ半数の仮設給水栓について災害時の設置を担当することとなっています。このことによって、地域の応急給水活動について一層大きな役割を担っています。災害時の本当に困ったときに、地域の皆さんの助けになることは、地域に根差す組合加入の工事店でなければできないことであると思います。9月初めからは、名古屋市総合防災訓練を始めとする防災訓練などの地域活動も盛んになってまいります。時には、厳しい残暑もあるでしょうが、熱中症にならないよう体調を整えて積極的に参加してまいりましょう。

 

 8月下旬には、国際情勢も緊張の度合いをまし、双方が安全装置を外してしまった状態で、にらみ合いが続いているようにも思われる。毎日の報道からも不安な気持ちが増すばかりで、何とも言えぬ暗く重い雲が覆いかぶさっているような心持ちである。弾道ミサイルに備えるすべがあるのかないのかも判然としていないが、少しでも安心できる方向へ向けて、戦争や戦闘を回避することを優先し、平和の方向に向けて勇気ある一歩を踏み出してほしいと思う。

 

 天候の不安定さも本号がお目にとまるころには回復し、スポーツの秋、食欲の秋、芸術の秋、旅行の秋といった皆さまそれぞれの心地よい季節を心から楽しめるようになることを祈念します。

(E・Y)

 

 

 組合だより No.565(平成29年9月号)―――――――――― 

 

 

 

シャッチーくん

    

  

    ● 発 行 名古屋市指定水道工事店協同組合
            理事長  穂 刈 泰 男

 

    編 集 名古屋市指定水道工事店協同組合
           広 報 技 能 委 員 会
             名古屋市中区丸の内三丁目14番11号
             TEL (052)951−3240
             FAX (052)951−8883